新生活が始まる春に シンプルな暮らし方を考えてみる
春といえば、はじまりの季節。日に日に力強さを増してくる日差しが、なにか新しいものを運んできてくれそうな予感がします。風水では不用品を捨てる「断捨離」に、運気アップの効果があるといわれているのだとか。新しい季節を気持ちよく迎えるために、まずは身の回りをぐるっと見渡してみて、いらないものをすっきり整理してみてはいかがでしょうか。
究極のミニマリスト“キョウコ”さんに学ぶ、豊かさの価値観
「れんげ荘物語」シリーズ(群ようこ著・角川春樹事務所)は、 シンプルな暮らしのなかにささやかな幸せを求めるキョウコさんの物語。
好きな作家さんの一人に、群ようこさんがいます。小林聡美さんの主演で大ヒットした映画『かもめ食堂』の原作者といえば、思い浮かぶ人も多いことでしょう。群さんの作品は軽妙な語り口とともに、登場する主人公にスカッと思い切りがいい女性が多いのが魅力。なかでも「れんげ荘物語」シリーズの主人公、キョウコさんが究極のミニマリストなのです。
ストーリーを簡単に紹介すると……。
大手広告代理店を45歳で早期退職した、主人公のキョウコさん。巷の女性が聞いたらあこがれるような華やかな会社員生活にさっさと見切りをつけ、「月10万円で暮らそう」と家賃3万円、6畳ひと間でトイレもシャワーも共同のおんぼろアパート「れんげ荘」に引っ越すところから物語が始まります。
会社員時代に買い集めた洋服や装飾品、家具、食器までもすっきり断捨離し、最低限必要なものだけで暮らす毎日。夏はカビや蚊と、冬はすき間風から雪が吹き込むほどの寒さと闘いながら、出掛ける場所といえば、ご近所の散歩と図書館。どちらかといえば不便さのほうが多いアパート暮らしを少しでも快適にしようと工夫しながら、ご近所ニャンコとのふれあいを楽しんだり、オーガニック食品の店で有機野菜を買ってお料理をしたり。季節の移り変わりを感じつつ、丁寧に入れたお茶を飲む暮らしに幸せを感じる日々。穏やかに過ぎる時間にちょっとした事件を巻き起こすのが、同じアパートの住人で60歳過ぎのおしゃれなクマガイさん、数カ月に一度しか帰ってこない職業・旅人のコナツさん、さらにモデルばりのスタイルと美形をもつチユキさんが、スーツケース2個を積んだリヤカーを引いて引っ越してきます。時には今の生活に不安を感じながらも、淡々と過ぎていくキョウコさんの暮らしが描かれています。
キョウコさんをはじめとした「れんげ荘」の住人たちの潔い暮らしぶりは、多少現実離れしているものの、爽快です。ミニマムな暮らしをしていると、大切なものや必要なものとそうでないものが見えてくるようで、自分にはできないと思う反面、あこがれてしまうのです。
ホームステイで体験した、ちょっとだけミニマムな暮らし
旅のためのパッキングも、シンプルな暮らしへの第一歩になる。
寒がりなうえ、虫が苦手なが私はキョウコさんのまねはできそうにありませんが、過去に体験したホームステイでは、ほんのちょっぴりですがモノをもたないシンプルな生活の心地よさを味わいました。
一度目はまだ20代のころ。国内の某スノーリゾートで3カ月間、アルバイトを経験しました。4畳半ひと間のバイト部屋に、荷物はザック1個分。持ち物は確か、ジーンズ2本と部屋着&パジャマ代わりのジャージの上下が2セットと下着が数枚。ほかにはスキー用具一式だけ。バイトの空いた時間はゲレンデで滑っているだけだったので、ほかには何も必要ありません。たまにですが週末にダブルブッキングでお客さんの部屋が足りなくなると、全荷物をもってオーナー家族の部屋へ引っ越さなければならないことがあり、そんなときも5~10分もあれば荷物をまとめられました。
次は数年前のハワイで、現地在住の知人宅に滞在した時のこと。カメラマンのスタジオの隅にベッドが置かれた3畳くらいのスペースがあり、そこを借りて1カ月間暮らしました。この時の持ち物はノートパソコンと、Tシャツ、デニム、ショートパンツに数組の着替え、ランニングシューズとビーチサンダルだけ。暖かい土地なので着るものがかさばらなかったという理由もありますが、中くらいのサイズのスーツケースに全部詰めても半分くらい余裕がありました。部屋に渡したロープに掛けた数本のハンガーがクロゼット代わり。途中でTシャツを買い足したりもしましたが、2~3パターンの洋服を着回して過ごす毎日。手持ちの洋服が少ないと、その日何を着るか迷う必要もないのです。
帰国すればまた雑多なものに囲まれた生活に戻るわけですが、このときの経験から、「どこへ行っても、スーツケース1個分の荷物で暮らせる」という妙な自信が付いたのは事実です。
ワーケーション、リゾケーションもシンプルな暮らしのレッスンになる
パソコンとスマホさえあれば、日本中、世界中どこでもオフィスになる時代。
そんな私の周りではコロナの影響もあり、ワーケーションを実践する人が増えています。旅ライターのなかには、東京の自宅と地方を2週間から1カ月単位で行ったり来たりする、二拠点生活を始めた友人も。移動の際に持ち歩くのはノートパソコンと最低限の荷物だけとのこと。また、昨年、訪れたある離島では、東京から愛犬と一緒に移住したばかりの女性と知り合いました。彼女はフリーランスで仕事をしているのですが、海外のクライアントを相手にすることが多く、「日本国内ならどこにいても同じだから」と、たまたま旅行で訪れたこの島が気に入り、わずか数分で移住を決めたのだそうです。着飾って出かける場所はない代わりに、天気のいい日は愛犬と一緒に海に入り、ぷかぷかと波に浮かんで過ごす生活が心地よく、最高に楽しいと語ってくれました。
こんなことわざがあります。
「A rolling stone gathers no moss.(転がる石に苔が生えない)」
このことわざには二つの解釈があり、イギリスでは「職業や住まいを転々とする人は、成功できない」という意味で使われるのに対し、アメリカでは「活動的にいつも動き回っている人は、能力を錆びつかせない」という意味で使われるのだとか。どちらも正解だと思いますが、後者はじっとしていないで行動を起せば、転がる石から苔が落ちるように、新しいものに次々と出会えることを表しているのでしょう。余分なものをそぎ落としたシンプルな暮らしも、これと似ている気がします。
プチ断捨離で新しい風を呼び込む
すっきり片付いた部屋で、気持ちよく新しい季節を迎えたい。
風水では、不必要なものに囲まれていると、運気を下げる原因になるといいます。これを捨てるのが断捨離で、悪い運気を捨てることで、よい運気が入り込むスペースが生まれるのだとか。科学的な根拠の有無はともかく、ごちゃごちゃしていた部屋がすっきり片付くと、心まですっきりしてくることは事実。「捨てられない」は、過去への執着心であり、思い切って捨てることで気持ちがリセットできるに違いありません。
そういう私は、“片付けられない女”の代表です。大人になって10回近く引っ越しを経験しましたが、その都度、「今度こそもっとシンプルな暮らしを!」と断捨離を試みるものの、2~3年もするとまたモノがどんどん増えてきて……を繰り返しています。今さら片付け上手になれるはずもないのですが、数カ月に一度、書棚の断捨離だけは欠かさないようにしています。
仕事がら、仕事部屋の大部分を占めるのが、雑誌、書籍、資料などの“紙”。データ化が進んだとはいえ、いつも本棚がぎっちぎっちに詰まった状態で、床まで占領されることも少なくありません。少し時間ができたとき、それらをばっさり処分するときの気持ちよさと言ったらありません。広くもない部屋の限られたスペースの一体どこに……というくらい、出てくるわ出てくるわ。ぎっしり詰まっていた本棚にスペースができると、風通しがよくなったみたいで、気分も軽くなるのです。片付け下手ゆえ、ついうっかり捨てすぎてしまい、後悔することもあります。でも不思議と書棚の断捨離をした後は新しい仕事が舞い込んだり、何かしら小さな変化が訪れることを感じています。
たとえば、ヨガやランニングをするとき、新鮮な空気を体内に取り入れるためには、まず思いっきり吐き出してから吸い込みます。これは不必要なものを処分して新しい運気を招き入れる断捨離に、なんとなく似ていると思いませんか。新入学、就職や転職、引っ越しなど、新しい暮らしが始まることが多い春。そこまで大きな変化がなくても、余分なものを手放してシンプルな暮らしを心掛けるだけで、新しい風が吹いてくるかもしれません。
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ライタープロフィール
最近は、旅先での街歩きと散歩を兼ねた“旅ラン”に夢中!好きな旅先はハワイ。渡航歴70回以上を誇り、著書に、ガイド&エッセイ『おひとりハワイの遊び方』『ハワイを歩いて楽しむ本 海・山・街歩き&ラン』(実業之日本社)、『よくばりハワイ』シリーズ(翔泳社)ほか。海外旅行情報サイト『Risvel(リスヴェル)』にトラベルコラム『よくばりな旅人』を連載中。www.risvel.com Instagram:@naganaga88