カナダのヴィーガン事情とヴィーガンへの道:メーガン・デュハメルの場合【前編】
カナダで「ヴィーガン(vegan)」という言葉を聞いたり見かけたりするようになってかなりの年月が経ちます。それ以前は菜食主義の人のことを「ヴェジタリアン(vegetarian)」と呼んでいましたが、この二つがどう違うのか、皆さんはご存知でしょうか?
肉や魚を食べない、そして野菜・ナッツ・豆類を主食とする点は共通していますが、ヴィーガンの方がヴェジタリアンに比べてより徹底して動物から採取された原材料をも避ける、という違いがあります。
卵はもちろん、乳製品や蜂蜜もアウト。食べ物以外でも例えば革製品を身に付けないとか、シルク製品でさえ許容しないヴィーガンがいます。
健康上の理由から菜食主義を守る人がいますが、ヴィーガンになる人はより包括的な哲学に基づいて生活を送っているような気がします。
ではこれから二回に渡って、カナダにおけるヴィーガン事情についての記事をお届けします。
カナダにおける食の多様性
まず、「食の多様性」に関してカナダと日本を比べて気が付いたことをお話ししましょう。
日本人は世界の中でも食生活が豊かな国民であると言われています。国内だけでも地方によって全く異なる食材や調理法が根付いているため、テレビ番組で毎週、紹介してもネタが尽きることはありません。
また多くの日本人は普段から他国の料理を食べ慣れている、ということも言えると思います。中華料理、イタリアン、フランス料理、韓国料理などはもちろんのこと、ありとあらゆる国の料理や食品についても良く知っている人がいて驚きます。
一方、カナダは移民の多い国ですから、たとえばトロントのような大都市では多くのエスニック料理店が立ち並んでいます。祖国の味を求める人たちで店は賑わっていますが、だからといって一般のカナダ人がそれらの食べ物について知識があるわけではないし、普段の食生活に取り入れているとも言えません。
ただ、別の意味での「食の多様性」がカナダにはあるように思います。
これは私がかつての職場でイベントを主催する時に学んだことですが、参加者に食べ物を提供する際に宗教や文化的背景、そしてアレルギーなどを考慮して「選択肢」をいくつか準備するのがカナダでは常識です。
ケータリングを依頼する店がどこまで対応できるかにもよりますが、実際にどのような選択肢を用意したかと言うと:
少なくともヴェジタリアン(あるいはヴィーガン)とグルテン・フリー(小麦粉アレルギーの人のため)は必須
そして可能であればハラル(イスラム教徒のため)、コーシャー(ユダヤ教徒のため)のオプションも望ましい、
という感じでした。
そこへ行くと、日本ではこういった宗教や文化、あるいは個人的なアレルギーや信条に基づいた要望をあまり考慮しないような気がします。
数年前に私が東京で手伝う機会のあった国際イベントでのことです。主催者が海外から集まったジャーナリストを歓待して軽食を出したところ、イタリア人のカメラマンが「ヴェジタリアンでも食べられるものはどれですか?」と聞いて来ました。それを責任者に伝えたところ、ムッとした顔で「そんなものは自分でどっかで買って来てもらわないと!」と即答されました。
「ああ、これが日本の常識なのかな」と、少しビックリしましたが、もしかすると逆に北米や西ヨーロッパ諸国の一部だけが選択肢を提供することに敏感なのかも知れない、とも思い直しました。
移民が多く、さまざまな宗教や文化が入り混じって共存している国では、多様性を受け入れる意識が高まらざるを得ませんからね。
そこかしこに表れるヴィーガン志向の影響
では話をヴィーガンに戻しましょう。
いくら多様性を認めると言っても、一般家庭の食生活では肉類や乳製品が大きな割合を占めるカナダです。それらを避けてヴィーガン主義を貫く人は最近まで珍しいと思われていました。
しかもヒンズー教やジェイン教の信徒である、などの宗教的な理由がない場合は「ちょっと変わっている人に違いない」という印象でした。
しかしそれが変わりつつあるのは、スーパーの食品売り場に行けば分かります。
例えば牛乳売り場。
ソイ・ミルク(豆乳)は20年ほど前からオーガニック食品を専門とする店でちょくちょく見かけていましたが、今ではアーモンド・ミルク、ココナツ・ミルク、オーツ・ミルクなどと共に、ごく普通のスーパーの売り場で幅を利かせるようになっています。
箱入りの牛乳が容量別・脂肪分の濃度別に置かれている横で、冷蔵庫の中にありとあらゆる「代替品」が並んでいます。
肉類の売り場にも変化は表れています。
以前は「Tofurkey (豆腐を使った七面鳥もどき)」という代物が売られていて、「身体に良いかも知れないけど不味い」、「それを食べるのは健康オタク」という悪いイメージがありました。
植物ベースのハンバーガー用パティパック
統計データの裏付けもあります。カナダでは過去15年間で乳製品と食肉製品(特に牛・豚肉)の消費量は顕著な下降傾向を見せているのに対して、肉代替品の売り上げは7年間で倍増しているのです。
植物性チーズもどきやハムもどきが、通常のチーズ&デリ売り場に並んでいます
ではカナダ人たちは何故、植物ベースの食品に興味を示すようになったのでしょうか?
50年ほど前、同じ脂肪分でも動物性より植物性のものの方が体に良い、ということで欧米で多くの人がバターの代わりにマーガリンを買うようになった時期がありました。ほとんどが心臓疾患や高血圧などを気にする中高年の人たちだったと思います。
しかしこの頃はコーヒーショップでカフェラテを注文する際、豆乳やアーモンド・ミルクを指定する客は決して少なくなく、若い世代ではむしろそれが「クール」と思われる風潮があります。
また若者の多く訪れる大手のファーストフード・チェーンでは、必ずと言ってよいほど通常のハンバーガーと共に「plant-based(植物ベース)」のアイテムがメニューに並んでいます。
それらのアイテムを選ぶ人に質問すると、答えは健康のため、ということだけではない。より広い意味で「自分が食べるものが自分の身体だけではなく、他の生きものや地球全体に及ぼす影響を考えているから」というのがモチベーションだと言います。
必ずしも食生活においてヴィーガン主義を全面的に守らなくても、その根底にある哲学に共感を覚える人が増えているのだ、ということでしょうか。他の生物に対するリスペクト、環境問題への意識、そういったことがカナダ人の肉類や乳製品離れに繋がっていると言えそうです。
ヴィーガンへの道:メーガン・デュハメルの場合
では実際、カナダでヴィーガン主義に目覚め、それを実践している人に話を聞いてみましょう。 今回、皆さんにご紹介するのはカナダの元フィギュアスケート選手、メーガン・デュハメルさんです。忙しい中、この記事のために取材に応えてくれました。
Meagan Duhamel
Photo from https://www.lutzofgreens.com/ used with permission
メーガンは2018年に現役を引退するまで、パートナーのエリック・ラドフォードさんと世界でもトップレベルのペア選手として活躍していました。
2015年・2016年には世界選手権で優勝し、2018年の平昌オリンピックでは団体戦で金メダル、個人戦で銅メダルを獲得しています。
Photos courtesy of David Carmichael (February 2018, PyeongChang Olympics)
現在はオンタリオ州オークビル市のリンクでコーチを務める傍ら(教え子には日本のペア選手、三浦璃来&木原龍一組も!)、アイスショーに出たり、ヨガやピラテスのインストラクターをしています。
そしてヴィーガン主義の啓蒙活動にも積極的で、ホームページやインスタグラムで情報を発信しています。
メーガンがヴィーガン主義について初めて知ったのは2008年のことでした。
当時23才のアスリートだった彼女がなぜヴィーガン式の食生活に切り替えたのか?
それがどのような影響をフィギュアスケート選手としてのキャリアに及ぼしたのか?
などについては次の記事で詳しく述べて行きますが、その前にメーガンのインスタグラムを覗いてみましょう。
朝食にはオートミールをほぼ毎日食べている、と言っていただけあって、オートミールを使ったレシピがたくさん載っています。シリアルバー状のクッキーだったり、レンズ豆と一緒にパンの様に形成して焼いたり、実に多彩です。
https://www.instagram.com/p/CQ_v0YULUUr/
https://www.instagram.com/p/CWHhADsLbMn/
メインディッシュは豆腐をピーナッツバターのソースで和えてアジアン風に仕上げたり、パスタサラダやシチューなども登場したりして、なかなか面白いアイデアが満載です。
https://www.instagram.com/p/B9NinR6JnTv/
https://www.instagram.com/p/B0O06a6n5fV/
ヴィーガンだからと言って、毎日、美味しくてバラエティに富んだ物が食べられないわけじゃない。「たいていの肉や乳製品を使ったメニューはヴィーガンの代替品で再現できる」というのがメーガンの主張です。
要は工夫次第。確かに少し手間はかかるけれど、その分、自分で自分の身体に入っていくものを把握して、しっかり管理できるのが気に入っている、とさすがにアスリートらしいストイックなコメントをくれました。
では次回はそんなメーガンのヴィーガン・ライフスタイルについてさらに掘り下げていきます。
父親の駐在により3才でイギリスに渡航、4才から15才までフランスで育つ。約40年に及ぶ欧米生活経験で培った広い視野をもち、日本語、英語、仏語を自由に操る。現在はカナダ人の夫とトロント市郊外在住。